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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)174号 判決 1982年4月22日

新潟県上越市中央三丁目七番三一号

上告人

高達倉庫有限会社

右代表者代表取締役

丸山幸輔

右訴訟代理人弁護士

松井道夫

新潟県上越市西城町三丁目二番一八号

被上告人

高田税務署長

高橋信一

右指定代理人

古川悌二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五四年(行コ)第一一八号法人税更正及び加算税賦課決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年六月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松井道夫の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、右のように解しても違憲の問題を生ずるものではないことは、当裁判所昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁の趣旨に徴して明らかである。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(昭和五六年行ツ第一七四号 上告人 高達倉庫有限会社)

上告代理人松井道夫の上告理由

第一 本件の事実関係及争点は、第一審判決及原判決摘示の通り(第一審判決二枚裏、第二原告の請求原因以下十一枚裏、第四原告の反論迄。但し右の内第一審相被告国税不服審判所長に関する部分は除く。及原判決二枚表、第二主張)であるから、こゝに右摘示を引用する。

尚本上告審においては右事実摘示中、第一審判決六枚裏(五)の違法事由は主張しない。

第二 原判決の違法その一、(憲法第二九条三項の補償金に課税することの適否)

(一) 上告人が昭和四八年度法人税の申告をしたところ、被上告人は申告外に土地建物譲渡収入ありとして、これを加算して本件更正処分をなしたところ、この土地建物譲渡収入とは、訴外新潟県収用委員会が昭和四八年一〇月六日なした、上告人所有の第一審判決物件目録記載一、の土地(本件土地)を収用し、同地上の同目録記載二の建物(本件建物)を移転して土地を明渡させる収用明渡裁決により定められた補償金であつたわけで、この補償金が憲法第二九条三項の規定する補償に当ることは被上告人も争はないところである。

(二) 憲法第二九条一項は財産権の不可侵を規定しており、これは財産制度の大原則であつて、自由な経済組織と自由な社会生活を確保する根幹である。

同条三項は「私有財産は正当な補償の下に、これを公共のために用ひることが出来る。」と規定するが、これは決して私有財産を公共の下位に置く趣旨ではなく、被収用者を含めた共通の利益増進のための例外であり、それ故に右に云う正当な補償は完全且つ十分なものでなければならない。このことは財産権(私有財産)の不可侵が、主権者たる国民に保障された基本的人権であり、前述の如くそれ自体強い公共性を有することから見ても当然のことである。

土地収用法による補償については、完全な補償を必要とすること、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであるとすることは最高裁判所の判例である(最判昭和四八年一〇月一八日判決、民集二七巻九号一、二一〇頁)

(三) 然るに被上告人は右補償金(土地対し金二七六万四、〇七三円、建物に対し金三五七万九、一一九円、右建物の貸付料減収に対して金三万円、合計金六三七万三、一九二円。)を以て土地建物譲渡収入であるとし、これを上告人の収益として所得金額に加算して課税(法人税)した結果、法人税額は二、二三三、五〇〇円増額し、結局補償金を三五%強減額されたと同様の結果となり、よつて完全な補償の実は失はれ、憲法第二九条三項の趣旨は没却されたのである。前記最高裁判所の判例の趣旨についても同様である。

(四) 日本国憲法第三章に定める基本的人権は、「明治憲法のように、それらは法律の範囲内において、保障されるにすぎず、法律をもつてすればどのように制限することもできるとするのではなく、法律を以てしても侵すことのできない「永久の権利」であるとして、憲法によつて直接にこれを保障した。」(佐藤功著、日本国憲法概説、全訂第二版六〇頁)

即ち憲法第一一条は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と云い、更にこれを最高法規として第九七条に「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」としている。

よつて基本的人権は法律を以てしても侵すことのできない、国家権力の限界を明示しているのである。

憲法第二九条は国民の基本的人権として財産権の不可侵の原則を宣明すると共に、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる、とし、土地収用法は右公共のために用いる場合の諸条件を定めている。土地収用法は右正当な補償の実現の手続、要件を定めたものと言うことが出来るのである。

しかるに正当な補償が同法により決定された後、(収用委員会が正当な補償を裁決する権限を有する、土地収用法第四八条一項二号)国家権力により、これを減額制限する等正当な補償の実を奪うことは、仮にそれが法律を以てしても、出来ないことであり、憲法第二九条三項違反となることは前述するところにより明白である。(尚憲法第九八条一項)よつて前項の被上告人の課税処分(本件更正処分)は違法であり取消を免れない。

(五) 原判決は右の点につき「控訴人が引用する最高裁判所の判例は「土地収用法における損失の補制は……中略……完全な補償、すなわち収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきである。」と判示しているにとゞまり、右補償金を課税上どのように処遇するかという問題に係わるものでないから、右判例は本件に適切ではない。」と云い、(原判決理由一、1)

又原判決が引用する第一審判決は「原告は収用による補償金に課税することは憲法第二九条三項の保障する正当な補償を侵害し違憲であると主張する。しかしながら、右正当な補償として支払われた補償金を課税上どのように取り扱うかは、憲法八四条によつて法律に委ねられた課税要件の定めに関する立法政策の問題であつて、補償金に対する課税の結果被収用者が従前と同程度の資産を取得することが困難になるという不利益を受けるとしても、直ちに正当補償を侵害したとして違憲の問題を生ずるものではないというべきである。」と判示している。(第一審判決一五枚裏末行以下)

しかし右は何れも、日本国憲法の基本的人権が法律(国家権力(勿論課税権を含む))を以てしても侵すことが出来ないものであることの認識を見失つているための誤りであることは明白である。

第一審判決は憲法第八四条を云うが、同条は課税するには法律を要することを定めたもので、課税の形であれば憲法上の基本的人権を侵し得ることを定めたものでないことは勿論である。

尚憲法第二九条は国民の基本的人権として財産権不可侵の大原則を定めると共に、その不可侵の財産権を、権利者の意思に反して公共の用に供するのであるから、権利者には前後を通じ少しでも不利益を与えてはならない(完全な補償)とするもので、よつて同条の正当の補償には、財産権不可侵の大原則と表裏する強い公共性があり、これに課税し正当な補償の実を失はせねばならないような、更に公共性など到底有り得ない。

(六) 第一審判決は法人税法第二二条第二項の解釈として憲法第二九条の正当な補償(金)を、法人税法上同項の益金として課税すべきであると云う。(一四枚表1違法事由1について)しかし右正当な補償には課税することが出来ないものであることは前述の通りであるから、法人税法第二二条二項の解釈も蓋法上の要請に適合するよう行うべきである。

同条同項は土地収用による補償金などは全く予想しないもので、法人の事業活動による収益を想定しているものである。即ちいわゆる取引による収益を益金とする趣旨であることは、同条同項に取引の文字を使用していることから見て、文理解釈上も明かである。資産の販売以下は取引の例示である。

よつて憲法第二九条三項の補償については法人税法第二二条第二項は適用されないと解すべきである。

第一審判決は「他の場合との課税の公平上からも当然」と云つているが、自己の自由の意思により、その選ぶ時期を条件で行う事業活動としての資産の譲渡と自己の意思によらず、時期と条件を選ぶことも出来ない収用とは勿論同日の談ではない。同判決は「資産の譲渡」と云うが、収用は勿論資産の譲渡ではない。同判決が条文上の文字に反してまで収用を資産の譲渡と同視しようと強弁するのは、右事業活動としての資産の譲渡と収用との本質的な重要な差異を無視しようとするもので却つて不公平である。

同判決は「収用の場合において、対価たる補償金が公共事業のために被収用者の意によらずに生じた財産上の損失を回復するためのものであるという点を強調すれば、右補償金が支払はれても当該資産を引続き保有している場合より不利益な取扱いを受けるべきいわれはないともいえるが」と云つているが(一四枚裏一〇行以下一五枚表三行迄)これこそが日本国憲法に適合する考方である。

(七) 法人税法第二二条二項は同項所定の取引による収益に適用される限り、合憲であることは言うまでもない。

しかし憲法第二九条三項の補償金に適用するならば、その適用は違憲であり、いわゆる適用違憲となる。

尚租税特別措置法第六五条の二を含む同法第六節第一款の各規定は土地収用法による補償金に関する限り憲法第二九条三項との関連に於て適用の必要がなく無意味の規定(同法第六四条一項一号)となる。但し資産について買収の申出を拒むときは土地収用法等の規定に基いて収用されることゝなる場合において、当該資産が買い取られ、対価を取得するとき。(同法第六四条一項二号、第六五条の二。一項)等土地収用に関係のある譲渡代金について損金計算が認められることゝなり、実益がある。

被上告人は本件補償金につき法人税法第二二条二項を適用して益金に算入し課税したものであり、違憲として取消を免れない。

(八) 憲法第二九条三項の補償金(本件補償金)は収用された財産に対する損失補償であり、補償金相当額の財産を失つているのであるから、右補償金については所得を構成する収益を生ずる余地が無いものであること(これが補償金の本質であること)を強調したい。

第三 原判決の違法その二(収益確定の時期について)

原判決が引用する第一審判決は「法人税の所得金額を算定するに当たり、益金及損害を計上すべき時期を決定するについては、企業会計上の原則にかんがみ、原則としていわゆる権利確定主義によるべきものである」ことを認めている(一六枚表末行以下)

しかして同判決は土地収用裁決(権利取得裁決及び明渡裁決)により定められた補償金につき「土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する被償金については裁決で定められた権利取得の時期に、またその他の補償金については裁決で定められた明渡しの期限にそれぞれ権利が確定したものとして、その年度の益金に計上すべきもの」と判示している。(一六枚裏四行以下)

しかし本件補償金を定めた新潟県収用委員会の裁決は未だ確定しておらず、本件補償金は未確定利益として益金に算入すべき時期に到来していないと解すべきである。

即ち上告人は右裁決に違法の点ありとして昭和四八年一一月五日右裁決取消の訴を提起し(新潟地方裁判所昭和四八年(行ウ)第四号)現に東京高等裁判所に控訴中である(昭和五五年(行コ)第六六号)

(一) 若し上告人の右訴訟が上告人の勝訴に確定すれば、本件補償金は裁決取消の結果存在しないことゝなり、益金に計上することは無意味となる。

収益にかゝる権利が争はれ、司法機関である裁判所に係属した以上は、その権利の存否は結局その事件の結果により確定するより外ないのであつて、既に行政機関の手を離れているのに権利の確定を司法機関のそれと別異に決定すべき特段の理由はないものと解する。(仙台地方裁判所昭和四二年(行ウ)第八号、昭和四五年七月一五日判決、訴務月報一六巻十一号九三頁)

右仙台地裁の判決は仮執行宣言付の判決があつた一事では権利確定とは見れないとしている。

(二) 収用裁決につき効力乃至執行停止の決定が発せられる場合を考えたとき、右判示の如く一律に解することは困難であると信ぜられる(行政事件訴訟法第二五条)

(三) 上告人は新潟県収用委員会がした本件収用裁決に対しその取消を求めて出訴していることは前述した。

他方起業者である新潟県はその頃本件補償金全額を弁済供託した。

真面目に収用裁決の取消を求めて提訴しているものである限り、裁決取消を希求するものであり、この場合収用及供託は無効となるものであるから、収用裁決の取消を提訴しながら、弁済供託を受諾することは首尾一貫せず、精神分裂的な矛盾であり、且裁判取消請求が理由がないことを自認するに等しい行為であるから、上告人に供託を受諾することを期待することは出来ないことであり、上告人としても受諾すべきではない筋合である。

又法律的には「債権者が供託を受諾せず、又は供託を有効と宣言したる判決が確定しない間は弁済者は供託物を取戻すことを得、此の場合は供託を為さゞりしものと看做」されるのである。(民法第四九六条)

よつて供託された本件補償金は、上告人に対する関係において未実現の利益であり、且法律的に未確定の利益である。かゝる利益に対し課税されても上告人としては供託を受諾するわけにもいかず、結局判決の確定を待つて事を決する外ないわけである。かゝる利益は担税力の基礎付けとなる利益ではなく、課税の対象としての収入としては不適格と云はなければならない。

第一審判決が「被収用者が裁決に係る補償金についての権利を行使したからといつて、法律上収用裁決に対する取消訴訟を追行することができなくなるわけでもないから」(一七枚裏二行)と説示しているが、不見識である。右は前述の精神分裂的矛盾を強いるもので、社会上信用を重んずる人士のよくする所ではない。右の説示は本件補償金が不確定或は未実現利益として所得を構成しないものであることの実証である。

(四) 以上述べ来つた通り、上告人は本件補償金に対する課税を認めることが出来ず、本訴を提起して課税(更正決定)の取消を求めた。本訴の第一審判決が言渡される迄に相当な期間を要し、延滞税も相当の額に達すると思はれる。右の様な不利益は、国民の課税に関する訴訟を提起する権利即ち裁判を受ける基本的人権(憲法第三二条)の自由な行使をするについて大きな支障となる。

益金に算入する時期を国民本位(国民主権である限り当然である)に解釈し、本件補償金にかゝる裁決取消訴訟の判決確定の時と解することは、裁判を受ける権利の保護のためにも極めて必要なことである。(その様に解すれば本訴自体起らなかつたわけである)

被上告人自身も先例がないために、本訴第一審判決の結果を見て初めて本件法人税を徴収した。(早く徴収すれば、延滞税は少くて済んだ筈である)

第一審判決の解釈傾向は国権優位、行政便宜的である。裁判所の解釈の民主化を切に祈るものである。

第四 原判決の違法その三(租税特別措置法第六五条の二関係)

憲法第二九条三項の正当な補償が法人税課税の対象にならないことは上述したが、租税特別措置法は反対の見解に立ち、右補償金について二千万円を限度とする損金算入を認めている(本件裁決当時の金額)即ち右損金算入を認める租税特別措置法第六五条の二等は土地収用法に基く収用等の場合と通常の取引に基く資産の譲渡の場合とを同一に取扱うことの不合理に気付き前者につき損金算入を認める特別措置を行つたものである。

右特別措置は、一つの恩恵であるとの考え方に立つて同条第三項の申出期限の制限、同条第四項の手続上の制限が設けられているが、補償金は本来課税の対象とならない本質を具有しているのであるから、右損金算入の許容は恩恵でなく、権利と考えるべきで右第三、四項の制限は何等合理性を持たない制限であり、憲法第二九条、第一四条に反し無効であると解さなければならない。

よつて本件補償金は租税特別措置法第六五条の二第一項の規定の適用を受くべきであつたのに之を認めなかつた本件更正処分は取消を免れない。

尚右第三、四項の如く制限が有効のためには、被収用者に適当な時期に知らせる手続の規定が存することが最少限度の要請であることを附記する。

第五 原判決の違法其の四(過少申告加算税賦課の不当性)

本件につき被上告人が過少申告加算税を賦課したことが違法であり、又本件については国税通則法第六五条二項に云う「正当な理由」があるものと認めらるべきことについては第一審判決摘示の通りである。(六枚裏3)

尚左に理由を附加する。

(一) 過少申告とされる本件補償金を定めた新潟県収用委員会の裁決の取消を求めて、上告人は訴を提起し真面目に争つていたことは前述のとおりである。裁決が違法であるとする理由が一応理解出来るものであるならば、右取消訴訟提起は国民の当然の権利なのである(憲法第三二条、裁判を受ける権利)。取消訴訟を起しながら、それを所得として申告することは期待出来ないことは前述の通りで、これに過少申告加算税を課することは国民に難きを強いることであり、国民の裁判を受ける権利の自由な行使を阻害することになる。

かゝる場合は前記「正当な理由」を認むべきである。

(二) 第一審判決は、上告人の補償金不申告を独自の見解或は個人的見解によるものとして、正当の理由を認め難いと云うが、これを反面から見れば相当な見解によつての不申告ならば正当の理由は認められると云うことに解される。上告人の不申告については税理士、弁護士等に税法上、法律上の意見を聞いているのであつて必しも独自の見解、個人的見解ではないのである。

本件上告理由中には相当な理由が存在すると確信しているのであり、第一審判決こそ、「正当な理由」について何等の基準も示さず漫然、上告人の主張を却けたのは理由不備の罪に座するもので破棄を免れない。これを引用する原判決亦同様である。

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